§1-3 日本語は受け身、英語は発信源

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※本記事は書籍『英会話イメージトレース体得法』の一部をWeb公開したものです。

日本語では「怒られた」と受け身ですが、英語はThe teacher got angry at meと受け身ではない文(能動文)になっています。これについても、日本語と英語でどのようなモノの見方の違いに由来しているのか確認しましょう。

 

・日本語の全体イメージ

 

・英語の全体イメージ

この日本語が受け身の表現になっているのは、話し手である太郎の視点から物事を捉えているからです。太郎から見れば「先生に怒られた」と表現するのが自然だということです。

一方で、英語が受け身ではない表現になっているのは、誰かの視界を前提とすることができないからです。そのため The teacher got angry at me…と、どちらからどちらへの動作かを表現しているわけです。

このことをもう一歩進めて考えてみると、日本語は誰かの視点から物事を述べようとするので、「視点」に依存している言語だと言えます。一方で、英語は動作の方向性に注目して物事を述べようとするので、「発信源」に依存している言語だと言うことができます。

 

また、ここから次の2つのことがわかります。

1.日本語では受け身は能動と同じくらい使われる。

2.英語には日本語的な受け身表現は存在しない。

これらの特徴について詳しく確認していきましょう。

 

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【1】日本語では受け身は能動と同じくらい使われる

日本語は「視点」に依存していて、受け身は能動と同じくらい使われると述べました。このことを次のストーリーで確認しましょう。

(銭形警部がルパン三世を捕まえて)
銭形 ガッハッハ。とうとうルパンを捕まえたぞ!
ルパン あっららー。

 

a. ルパンは銭形に捕まえられた。(受け身)

b. 銭形はルパンを捕まえた。(能動)

例文a、bは同じ内容ですが、誰視点なのかが違っています。例文aはルパン側の立場から述べられた文章で、例文bは銭形側の立場から述べられた文章です。

たとえば銭形警部の上司が、「ルパンは銭形に捕まえられたようだ」という例文aに近いセリフを言ったらおかしいですよね。普通は銭形の味方なのであれば例文bに近い「銭形はルパンを捕まえたようだ」となるはずだからです。

このように日本語ではどちら側についているのかによって受け身文になるのか能動文になるのかが変わります。つまり日本語の受け身文は能動文と同じくらい使われるものなのです。

 

【2】英語には日本語的な受け身表現は存在しない

さきほど、英語は誰かの視界を前提とすることができないこと、またどちらからどちらへの動作なのか発信源に注目して表現することを述べました。ここから、英語には日本語的な受け身表現は存在しないという特徴がでてきます。

 

日本語的な受け身表現とは、「先生に怒られた」や「銭形に捕まえられた」のようなもので、これらは怒る行為や捕まえる行為が向かってくるイメージで描かれます。

しかし、これら「行為が向かってくる」イメージは「誰の視点」なのかが設定されていて初めて描けるものです。誰の視界も前提としない英語では「行為が向かってくる」という表現そのものが使えないのです。そのため、日本語的な受け身表現はそもそも英語には存在しないということになるのです。

 

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【3】日本語はリアクション、英語はアクションの連鎖

日本語では受け身は能動と同じくらい使われる一方で、英語には日本語的な「誰かの視点を基準として、動作が向かってくる受け身表現」がないことを説明しました。

英語の世界から見れば、日本語は受け身表現を多用しているとも言えるわけですが、これをもう一歩進めて考えると、日本語は「リアクション」の言語だと言うことができます。

そのような日本語に対して英語は発信源からの行為が連鎖する「アクション連鎖」の言語だと言えます。ここでは、この特徴について例文で確認してみましょう。

 

「暑さで体がだるい」

The heat makes me tired.

 

夏、自分の周りの空気がムシムシとして暑く、体がだるい。この感覚をイメージで描くと次のようになります。

このイメージのポイントは、最初の「暑さで」という場面設定自体から、話し手は影響を受けていることです。

そして、そのうえでリアクションとして「体がだるい」と述べている形になっています。これをモデルで表すと次のようになります。

 

次に英語The heat makes me tired.は、次のようなイメージになります。

ポイントはThe heat makes me(暑さが私をこねくりまわして)というアクションに、me tired(私はくたびれた)というアクションが連鎖していることです。

 

※makeの代表的な意味は「つくる」で、それ以外にも様々な意味をもっていますが、その核(コア)となるイメージは「こねて、形作って、固定する」です。本書では、これを英単語のコアイメージと呼びます。

 

後半のme tiredは、通常これ単体では通じませんが、この英文のように動詞makesの影響がmeで留まらず、tiredまで及ぶことで、me → tired(私がくたびれる状態になる)というニュアンスを表します。これをモデルで表すと次のようになります。

これら日本語、英語のモデルはまったく違うように感じるかもしれませんが、 実はお互いの間を変換するのはそこまで難しくありません。

たとえば、例文の日本語イメージにおける動作(矢印)に注目して、順番をつけてみましょう。視点を外して、この順序で英語に置き換えれば、アクションが連鎖している英語のイメージになることがわかりますね。

一方で、英語のイメージですが、これを真ん中の人物Bさんの視点で捉えてみましょう。

この場合、Aの影響を受けて、BさんはCというリアクションをとった、と解釈できますね。このようにイメージを介せば、日本語と英語の間の変換も、さほど難しくはないのです。

これを「暑さが私をぐったりさせた」のような不自然な日本語を介して英訳しようとすると、その不自然さゆえに身近な表現として感じられなくなってしまいます。

そうなると、変換が単なる言語操作のようになってしまい、結果として「英語は難しい」となってしまうのです。

 

【Coffee Break】日本語のモノの見方を知って英語がわかる

今井 イメージで考えれば、日本語から英語をつくるのは難しくないという説明ですが、そう考えると、日本語訳をこねくりまわして英作文をしてきたのは、あまり意味がなかったんだなって思いますね。

遠藤 そうですね。不自然な日本語をこねくりまわすよりも、英語のモノの見方を身につけることのほうが重要ですし、応用もきくと思います。英語のモノの見方さえ身につけば、あとは単語を並べたら自然な英文が出来上がるはずですから。逆に、そういう英語のモノの見方を身につけなければ、言葉遊びが始まってしまうわけです。

今井 字面ばっかり追いかけてしまうのは、学生時代の「あるある」ですよね。しかし、これって日本語についても知っていないとだめだと思うんですが。

遠藤 その通りです。実は、私たちは日本語がどういうモノの見方をしているのか習っていないんですよね。だから「犬に襲われた」は「犬に襲われた」という文章以上の何者でもない。これが日本語らしい表現だなんて、日本語だけで考えていたらわからないわけです。

今井 英語というほかの言語との比較で、はじめてわかることですね。それを聞いて思い出したんですが、浪人時代に予備校の現代文の授業で「君らが現代文で点数が取れないのはね、単語を知らないからなんだよ」って言われたんです。「わかっているつもりになっているから、現代文で点数が取れないんだよ」って。灯台下暗しという感じでしたが、それに近いですね。

遠藤 そうですね。英語を学ぶのと同時に日本語についても学ばないともったいないんですよね。英語だけに没頭すればいいってわけじゃないと思うのです。

 

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【Coffee Break】日本語は「受ける」が基本

今井 そういえば、日本語がリアクションの言語だという説明のところで、「暑さで」が受け身的なイメージで語られていましたよね。自分としては納得できるんですが、一方でこれを「受け身」と表現したら、受け身の範囲がすごく広くなるような気がするんですが。

遠藤 その通りですね。日本語では「〜れる」という形式になっているものだけを受け身として取り扱ってきていますから。たとえば「電話がかかってきた」も受け身だとすると、これまでの日本語の文法体系は大きく変えざるをえないでしょうね。

今井 「電話がかかってきた」も行為が向かってくるイメージだから受け身っぽいですね。そう考えると、むしろこれまでの「受け身」の範囲が狭すぎる気がしてきました。

遠藤 私の憶測ですが、これまで日本語の受け身が「〜れる」形式に限定されてきた理由は、英文法に原因があると思っています。

今井 どういう意味ですか?

遠藤 英文法で「受け身」って言われたら、「be+過去分詞」の形式が思い浮かびますよね。本文で挙げた was attacked みたいな。訳が日本語として自然かどうかは置いておくとして、この「be+過去分詞」形式のものは全部「〜れる」として訳せるわけです。

今井 つまり、「be+過去分詞」に対応する日本語の表現「〜れる」を「日本語における受け身」としているということですか?

遠藤 私はそうじゃないかなと、にらんでいます。

今井 もしそうなら日本語文法は英語の世界観に毒され過ぎている気がしますね。

遠藤 話を戻しますが、「暑さで」を受け身的なイメージで説明していた件について補足しますね。これは日本語の「周辺から中心に向かってくる」という特性を表す1つの文例ですが、この周辺から中心への動き自体が受け身だと言えるのです。

今井 えっ?

遠藤 いままで「昨日、渋谷で」とか「暑さで」などを周辺にあるものとして挙げてきましたよね。これらは時や場、状況を設定しているわけで、登場人物はそれらの影響を受けているわけです。

今井 じゃあ、「昨日学校で先生に怒られて、ぶちきれちゃったんだよね」みたいなセリフがあったとして、これは「昨日学校で先生に怒られて」までが受け身ってことですか?

遠藤 そうです。まあ、受け身のところも「昨日学校で」は場による間接的な受け身で、「先生に怒られて」は直接的な受け身だと区別はできますが。

今井 なるほど。そう考えると日本語では「まず受ける」ことが基本にあると言えそうですね。

 

【Coffee Break】日本語は設計図型、英語は建築型

遠藤 日本語が、まず受けて、そしてリアクションする言語なのに対して、英語は制限を受けずにドンドン積み重ねていくわけで、プラス思考しかないんです。

今井 ピラミッド型みたいなものですね。土台を1回つくってしまえば、そこにドンドン積み上げていけて、最終的な形はどんな風になってもいいみたいな。

遠藤 そうですね。こういう言語的な側面を、私は「日本語は設計図型、英語は建築型」と表現しています。

今井 「英語は建築型」というのはわかりますが、「日本語の設計図型」って何ですか?

遠藤 設計図は、ある土地にどんな建物を建てるかを描いた図ですが、それを描き始めた時点で土地の範囲という制限を受けるはずですよね。

それに加えて、じゃあ5階建てにしようかと決めれば、当然ですが6階以上は考えることができなくなります。そして次は各フロアの間取りをどうしようかという話になっていくわけです。

今井 なるほど。その話でいえば日本語は1〜5階のどのフロアの間取りから考えてもいいですが、英語は建築型だから1階からしかつくれないということですね。その代わり、5階と言わずに、どこまでも積み上げていけるってことですね。

遠藤 そうです。日本語は全体のうちのどこから手をつけていってもいいから、ある意味「飛び道具」的に言葉を置くことができます。一方で、英語はちゃんとつながっていないと積み上がらない。だから、英語ではどうしても言葉数が増える傾向があるんです。

 

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【Coffee Break】言語と文化 事例「ゲーム」

今井 こういう言語特性は、文化に影響していそうな気がするんですが、何か具体的な事例はないんですか?

遠藤 そうですね……。たとえば、今井くんの好きなゲームもそうだと思います。欧米系のゲームと日本のゲームは、かなりテイストが違うと思いますが、実際にゲームをしている今井くんからしたらどうでしょう、何か感じるところはありませんか?

今井 ゲームと言えば、いまオープンワールド型のゲームがマイブームなんです。オープンワールド型のゲームというのは欧米系のゲームで、何をやってもいいんです。たとえば、いきなりボスまでいってもいい。

自由度が高いので結構ハマっているんですが、一方で日本人の友だちに「面白いからやってみー」と無理やりやらせてみても、「何やっていいのかわからない」って返事が返ってくることが多いんですよね。

遠藤 最初に枠組みをしっかり固めてくれないと困るって人は、日本人に多そうですね。

今井 日本人受けするのはやっぱりドラクエのようなゲームなんですよね。ある程度誘導がきいていて、やるべきことも明確なゲームが好まれている気がします。

遠藤 それは同感です。いま挙げてくれた「欧米で人気のゲーム」「日本で人気のゲーム」ともに、それぞれの言語特性が影響を及ぼしているんだろうなと思います。もちろん、100%という意味ではないし、実際にどこまで本当に影響を及ぼしているかはわかりませんが、そういうゲーム文化が言語特性と整合性が取れているのは面白いですね。

 

▶お知らせ

英会話イメージトレース体得法』のWeb公開は以上となります。第2章では、私たち日本人が普段意識したことのない「日本語のイメージ」について解説します。それを踏まえたうえで、第3章では「日本語のイメージから英語のイメージへの変換」について解説しています。ご興味ありましたら、ぜひどうぞ。

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