このページの読了時間:約8分56秒
形式主語itを用いて「先に状態を述べ、そのあと内容を説明する」という英語ならではの英文の作り方を解説します。
itとtoのはたらき(形式主語とto不定詞)
N | Mamoru talks about his interest in cars with his colleague over drinks. |
Mamoru | A Mercedes is nice, but it’s hard to write off Japanese luxury cars. |
Colleague | If the cost is the same, Iʼd rather buy a Japanese car. |
From「A Heartwarming Family」Story.5『Talking about hobbies』 |
It’s hard to write off Japanese luxury cars.
It’s hard のitは指示語と呼ばれるもので、具体的な何かを「それ」と指すこともできますが、漠然とした状況や雰囲気も指すことができます。この例文でもitは漠然とした状況を表しています。
to write off Japanese luxury cars のtoは、It’s hardが向かう方向(→)とその到達点(□)を示しています。到達点(□)は中身が入る箱のようなものと考えてください。これらをあわせてtoの基本イメージは「到達点を含む矢印」となります。
例文ではtoと述べたときに「→□」が用意され、その空箱にwrite off Japanese luxury cars(日本の高級車を候補から外す)という中身が入ります。イメージで表すと次のようになります。
この例文のように英語では先にIt’s hard(それは難しいよ)と状態を宣言することをよく行います。しかし、これだけでは聞き手が「何が難しいの?」と思うので、すぐ後でその内容を説明していきます。それがto write off Japanese luxury carsです。
では、体を使ってイメージを深めてみましょう。
- 1.It’sと言って、目の前に漠然とした「もやもや」を思い浮かべ、そこに手を向けたままにします。
- 2.hardと言って、その「もやもや」とhardを結びつけます。
- 3.toと言って、手を到達点(箱)に向けていきます。
- 4.write off Japanese luxury carsと言って、箱の中に「日本の高級車を候補から外す」という行為を出現させます。
文法では最初のitを形式主語と呼び、it = to write off Japanese luxury carsと習います。しかし、これは2つの点で勘違いしやすい解説です。
第1に「形式主語」という名称を使ってしまうと、今述べたようなitのニュアンスは無視されることになります。第2に「it = to write off Japanese luxury cars」という解釈では時間がかかりすぎます。これは最後まで聞いてTo write off Japanese luxury cars is hard.という文に変換してから理解しようということだからです。
机に向かっているのならともかく、音が次から次へと飛んでくる会話ではそんなことをしている時間はありません。
そもそもネイティブは「it = to write off Japanese luxury cars」のようにはまったく捉えていません。イメージ図にあるように「it = hard」と捉えているだけなのです。
このような解釈方法が日本で教えられているのは綺麗な日本語に訳すためです。さきほどのTo write off Japanese luxury cars is hard.という文章は、ネイティブにとっては聖書に出てくるような非常に仰々しく堅苦しい表現なのですが、私たち日本人にとってはスムーズに理解できて訳しやすい語順になっています。つまり、この並べ替えは翻訳するためのテクニックだったわけです。
日本語訳 | |
N | 守が会社の同僚と酒を飲みながら趣味である車の話をしています。 |
守 | ベンツもいいけど、日本製の高級車も捨てがたいんだよな。 |
同僚 | どうせ値段的に変わらないなら、俺は日本車の方が、やっぱりいいね。 |
「ほのぼの家族」Story.5『趣味の話』より |
itとthatのはたらき(形式主語とthat節)
Colleague | It’s incredible that that man is the general manager. Even though heʼs slow with his own work, he puts unreasonable demands on us. |
Mamoru | Such people exist in every company. I think our company is better than others. |
Colleague | Yeah, I agree. |
From「A Heartwarming Family」Story.5『Talking about hobbies』 |
It’s incredible that that man is the general manager.
例文には that が2回でてきます。thatは指示語と呼ばれるもので、遠くのものを「あれ」や「あの」といったニュアンスで指さします。さらに遠くのものを指し示すというところから、何かを誘導するように働くこともあります。
例文の最初のthatは「誘導」のはたらきをして、これから話が進む方向を指さします。2番目のthat manのthatは「(ここではなくて)遠くにいる」男を指さしています。イメージで表すと次のようになります。
では、体を使ってイメージを深めていきましょう。
- 1.It’sと言って、目の前に漠然とした「もやもや」を思い浮かべ、そこに手を向けたままにします。
- 2.incredibleと言って、その「もやもや」とincredibleを結びつけます。
- 3.thatと言って、別の方向を人差し指で指さします。もやもやの進む方向を指さしたら一度手を下ろします。
- 4.that manと言って、想像上の遠くにいる男を指さします。
- 5.isと言って、手を向ける形に直します。
- 6.the general managerと言って、遠くにいる男とthe general managerを結びつけます。
このようにthatは具体的なモノを指すときもあれば、誘導として使われることもあります。しかし、どちらも「少し距離のある遠くのものを指さす」という意味とはたらきがあります。
学校ではなぜかthat の説明を軽く済ませてしまうので、そのニュアンスがよくわからなかった人もいると思います。そういう人にこそ、thatと言いながら遠くを指さすことを繰り返して、thatの感覚をつかんでもらいたいと思います。
日本語訳 | |
同僚 | あのおっさん、よく部長になれたよな。自分は仕事遅いくせに、俺たちには無理難題、押し付けてきてさ。 |
守 | どこの会社にもそういう人間はいるさ。うちの会社なんてまだマシな方だって。 |
同僚 | まあな。 |
「ほのぼの家族」Story.5『趣味の話』より |
【Coffee Break】
今井 It’s hard to write off Japanese luxury cars.のwriteも動詞ですよね。
遠藤 このwriteは動詞ですが、正確には「動詞の原形」と呼ばれる形です。
今井 to writeで「to不定詞」と習ったと思うのですが、「動詞の原形」とは何が違うんですか?
遠藤 「不定詞」と「動詞の原形」は同じものです。英語ではどちらも infinitive verb(制限されていない動詞)といいます。
今井 「制限されていない」というのはどういう意味ですか?
遠藤 例えば say という動詞は「誰が言ったのか」「いつ言ったのか」といった現実世界のいろいろな状況の中で使われます。それによって says になったり said になったり姿を変えます。この says や said が制限された形です。say が現実世界に姿を表すときに人称や時制から制限された(定めを受けた)のです。
infinitive verb はまだ現実世界に姿を表していない、人称や時制の影響を受けていない動詞です。辞書の見出し語のような「コンセプトとしての動詞」であり、「『見る』と『聞く』では大違い」の『見る』『聞く』にあたるようなものです。
今井 なんだかその『見る』『聞く』って名詞みたいですね。動詞だけど動いていないっていう感じがします。
遠藤 そうですね。だからtoの表す到達点(箱)に入ることができるわけです。to不定詞という名称がわかりにくかったら、「to+動詞の原形」と考えるとわかりやすいと思います。
今井 むかしネイティブにthisやthatは日本語の「これ」や「あれ」と同じ感覚なのかって質問したことがあるんですが、「そうだ」という返事でした。thatは距離感があって手が届かないみたいな感覚らしいです。だから「これから話そうとするものに対してthatで指さす」というのは、なるほどと納得しました。
遠藤 thisは手元にあるという感じですね。thatは時間的にも空間的にも離れている感覚です。近い遠いは主観的なものですが、「いま」「ここ」以外が that だと思うとよいでしょう。
▶次のセクションはこちら